髻中宝珠の八葉蓮華 {創価学会 仏壇}
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 「髻中宝珠の譬え(頂珠の譬え)」(安楽行品第十四) 創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge 創価仏壇
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「責任はあるが罪は問えない」という司法判断へのもどかしさ・・・ 正平調 八葉蓮華
4年前に亡くなった社会学者の鶴見和子さんは日本舞踊花柳流の名取でもあった。「先代花柳徳太郎師の不肖の弟子である」と書いた一文が残る

 踊りを通して、師匠から日本文化の型についての考えを教わったという。型は形骸化(けいがいか)し、魂を失ったとき踏み越えられる。「型をもっともよく身につけたものによってのみ、型破られるのだ」。そう鶴見さんはつづる

 この出来事も後に振り返れば、形骸化した型が踏み越えられたと受け止められるに違いない。明石歩道橋事故で、嫌疑不十分で不起訴となった当時の明石署副署長について、検察審査会が起訴すべきと議決した。これから検察官ではなく、裁判所指定の弁護士が起訴と公判を担う

 歩道橋事故に限らず日航機墜落事故、信楽高原鉄道事故、尼崎JR脱線事故などで、多くの市民が抱いてきた違和感がある。それは一部の組織の幹部について、「責任はあるが罪は問えない」という司法判断へのもどかしさ、とでも言えばいいだろうか

 今回は、過去の大事故で悔しさをかみしめてきた遺族の思いが、扉を押し開いた。歩道橋事故の刑事裁判では有罪、無罪を問うだけでなく、何が起こったのか誰にどんな責任があるのかなどが、広く明らかにされる

 立証や捜査資料の公開を通して、新しい型を創り出す。鶴見さんの言葉を借りれば、次は型をもっともよく身につけた弁護士や検察官、つまり司法の出番である。

正平調 神戸新聞 2010年1月29日
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by hachiyorenge | 2010-01-29 23:56 | 正平調