髻中宝珠の八葉蓮華 {創価学会 仏壇}
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 「髻中宝珠の譬え(頂珠の譬え)」(安楽行品第十四) 創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge 創価仏壇
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場当たり的な軽い言葉ばかり続けば、「聞く耳」など持てなくなってしまう・・・ 日報抄 八葉蓮華
 司法担当をしていたころ、取材の七つ道具の一つにラジオがあった。15年以上前のことだ。携帯電話の機能は限られていたから、屋外でニュースをキャッチする必需品だった。イヤホンから流れてくる放送は、深夜の孤独な張り込みを励ましてもくれた

 よく聞いたのがNHKの「ラジオ深夜便」だ。電波の向こうに、全国のさまざまな聞き手の顔がふと浮かぶ。「こんな真夜中に仕事をしているのは自分だけではない」。眠っているようで、息づいているまちの表情が感じられた

 作家の黒井千次さんはこの番組を題材に、短編「夜の友」を書いた。主人公は60歳を超えた男性。熟睡できない夜の時間と、寝室という空間を舞台に、「イヤホーンは闇の中の彼のもう一つの耳だった」とつづる

 今春、深夜便は20年の節目を迎えた。久しぶりにスイッチを入れてみると、なじみのメロディーが流れ、かつてと同じような語り口が聞こえた。長寿番組が多いのも、ラジオの特徴の一つだろう

 最近、このラジオを取り巻く環境が変わりつつある。インターネット上にリアルタイムでスタジオの動画を掲載し、注目を集める局もある。映像がないからこそのラジオという議論もあろうが、さらに楽しみ方が広がっていくに違いない

 「テレビは目が疲れるから」。喜寿を迎えた母は口癖のように言い、徐々にラジオを楽しむ時間を増やしている。風雲急を告げる政治も「見た目」より、声や文字の「言葉」の方が大事だ。場当たり的な軽い言葉ばかり続けば、「聞く耳」など持てなくなってしまう。

日報抄 新潟日報 2010年6月4日
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by hachiyorenge | 2010-06-09 23:42 | 日報抄