髻中宝珠の八葉蓮華 {創価学会 仏壇}
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 「髻中宝珠の譬え(頂珠の譬え)」(安楽行品第十四) 創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge 創価仏壇
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「零戦」モノづくり・・・  正平調 八葉蓮華
「零戦」モノづくり・・・  正平調 八葉蓮華
笹尾鮮三郎さんといっても、ご存じの人は少ないだろう。戦前の三菱重工業で「零戦」の開発プロジェクトに携わった技術者である。実戦力で世界一といわれた名機は、いかにして生まれたか。誕生秘話を聞きたくて、八年前にお会いした◆その笹尾さんが先日、九十四歳で亡くなり、そのときの印象深い話を思い出した。一九三〇年代。きな臭い世情を背景に、先進各国は戦闘機の開発で激しい競争を繰り広げた。三菱が主任設計者に選んだのは堀越二郎氏。戦後、国産旅客機「YS-11」の製造に携わる航空学会の重鎮だ。笹尾さんは堀越氏の独創的な考えに驚かされた◆当時は操縦性や攻撃力を高める装備をできるだけ搭載するのが常道だった。ところが堀越氏は違った。「特定の機能を高めるために何を捨てるかに心を割いた。個性を磨いて強みとする発想です」◆零戦の重量は既存機の約三分の二しかなかった。その分、急上昇力、航続力、操縦性が画期的に向上した。「零戦は二十世紀の日本が誇る発明品」と、半導体の権威で教育者の西澤潤一さんは、独創性や技術者の斬新な着想を評価している◆技術者たちはこんな逸話も残す。終戦で待機命令が下った名古屋工場での話。「モノづくりが身に染みた連中。じっとしておれず、社命に逆らって農機具や発電ポンプなどを作った。軍の発注でなく、人々が求めているものを製品化する喜びを知った」◆民需への目覚めが戦後、製造大国日本の原動力となったことは言うまでもない。後に京都工業会長を務めた笹尾さんも最後まで骨太の技術者として生きた。

正平調 神戸新聞 2008年10月20日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-10-20 19:23 | 正平調