髻中宝珠の八葉蓮華 {創価学会 仏壇}
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 「髻中宝珠の譬え(頂珠の譬え)」(安楽行品第十四) 創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge 創価仏壇
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カテゴリ:大自在( 133 )
聞こうとしない人、聞く意志のない人・・・  大自在 八葉蓮華
澄んだ音色が涼しさを感じさせるのかどうか分からないが、風鈴が心地よく響く季節になった。少し離れた場所からも明瞭に聞こえてくる。鈴のように澄んだ声で話したい。喉頭がんなどで喉頭を摘出し、発声が困難になった人たち(喉摘者)の、そんな願いを支援する県内の団体に静鈴会がある▼声帯以外の発声方法で言葉を身につけ、社会復帰できるように支援していく。1つに喉頭の代わりに食道を使う発声方法がある。空気を鼻や口から食道内に取り入れ、その空気を逆流させながら食道入口部の粘膜のひだを振動させるのだそうだ▼「(胃から上がってくる)げっぷをア・イ・ウ・エ・オなどの言葉に代える、と考えてもらえれば」。会長の池上登さん(72)=藤枝市=から聞いた。池上さんの言葉は大きくはないが、実によく分かる。長い間の訓練でこつをつかみ、粘膜のひだを鍛え上げたのだろう▼術後、退院した池上さんは、自宅で愛犬にえさをあげようと食器を前に出して「お手」「よし」と言った。が、愛犬は後ずさりするばかりだったという。自分では話しているのに、言葉が音声になっていないため、愛犬には聞こえなかったのだ。その日から懸命の訓練が始まった▼喉摘者はどうしても家に閉じこもりがちになり、人前では黙ってしまうことが多いという。訓練を積んでもスピーチコンテストの直前になると、降りてしまう人がいる。しかし先日のコンテストでは降りた人は1人もいなかった。全員が黙ることより話すことを選んだのだ▼池上さんは思う。「私たちの声は聞こうとしない人、聞く意志のない人には聞こえない」と。障害のある人すべてに共通する思いだろう。

大自在 静岡新聞 2008年7月10日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-07-10 01:01 | 大自在
私のできることをするだけ・・・  大自在 八葉蓮華
ハチドリはアマツバメ目ハチドリ科の鳥の総称で、南米などに350種もいるそうだ。ナスカの地上絵にも描かれているくらいだから先住民には身近な鳥だったのだろう。ヘリコプターのホバリングのように空中の1カ所にとどまって羽ばたき、花の蜜を吸う▼世界大百科事典によれば、小型種では毎秒70―80回も羽ばたく。その姿はいかにも小さな働き者といった趣がある。南米に伝わる民話「ハチドリの一滴」もそんな働き者の印象が重なる▼以前、来日したノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイさん(ケニア)は県内の講演で、若い人たちにハチドリの話をしながら「自分でできそうなことから始めて」と呼びかけた▼ある日、森で火災が発生し、動物という動物が逃げ出したが、ハチドリだけは逃げなかった。小川の水を小さなくちばしに含んでは炎にかけ続けた。くちばしの大きなペリカンなどに「やっても無駄だよ」とバカにされたハチドリは「私は、私のできることをするだけです」と言った▼周りを見れば車から自転車、割り箸からマイ箸、レジ袋からマイバッグへと、ハチドリ派が少しずつ増えている。島田市の児童大村静香さん(小4)は昨夏の自由研究を機に“ハチドリ”になった。不要になったベビーバスに雨水をためて草花の水やりに使い、野菜クズなどは土にかえす。友だちは「何しているの? って聞いたらしいんです」(母誉子さん)▼静香さんは、「私のできることをするだけ」とは言わなかったろうが、その思いは伝わったのではないか。温暖化防止が主要テーマの洞爺湖サミットが間もなく始まる。“ハチドリ”が飛び交う国々を少しでも増やしたい。

大自在 静岡新聞 2008年7月1日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-07-01 01:01 | 大自在
美しい日本語の風景  大自在 八葉蓮華
ある雨の晴れ間、水たまりに竹の皮に包んだつくだ煮がこぼれ落ちた、環(わ)になって絡み合っている、1匹1匹を見れば、どれも目を大きく見開いて、ひれも尻尾も折れていない、色つやさえある ▼しかし詩は[水たまりの底に放たれたが/あめ色の小魚達は/互に生きて返らなんだ]とうたい終える。「山椒魚」「黒い雨」の作家井伏鱒二は[「サヨナラ」ダケガ人生ダ]でも知られた詩の名手。「つくだ煮の小魚」もやさしい言葉に包まれ、時に中田喜直の曲に乗って、梅雨の晴れ間にこそふさわしい光景にも映る ▼この時季、谷津筋をたどれば、湿った木々の根元の草むらから控えめに、淡桃色に染まったササユリが迎えてくれたものだ。藤枝近辺は自生北限地。古歌にもうたわれるはかなげな姿はかえって、もの憂い気分をやわらげてくれたが、近ごろはなかなかお目にかかれない ▼お月さまを呼んだ「ののさま」、トンボを呼ぶ「あきつ」もとうに忘れられてしまった言葉である。「にわたずみ」は雨の後に道の所々にできる水たまりを指したが、「つくだ煮の小魚」にはぴったりだろう ▼中西進著『美しい日本語の風景』(淡交社)にはそんな、日常生活で思わず使いたくなる魅力的な75語が並ぶ。大地や自然に寄せる気持ちを端的に表した「かぎろひ」や「したもえ」「あぶらでり」「たまのお」「おもかげ」… ▼物語が詰まった美しい言葉の使い手になる極意は[変化を認めながら、下品な流行語は使わず、大昔のものに固執せず、一歩遅れたところで言葉を使う]とも記す。やさしく美しい言葉の探求は「世の中が嫌になった」などとキレることのない心根を培う手だてになるやもしれない。

大自在 静岡新聞 2008年6月22日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-06-22 01:01 | 大自在