髻中宝珠の八葉蓮華 {創価学会 仏壇}
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 「髻中宝珠の譬え(頂珠の譬え)」(安楽行品第十四) 創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge 創価仏壇
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カテゴリ:正平調( 128 )
盛りだくさんのスポーツの話題・・・  正平調 八葉蓮華
盛りだくさんのスポーツの話題・・・  正平調 八葉蓮華
オリンピックに高校野球、首位を走る阪神タイガースと盛りだくさんのスポーツの話題に、暑い夏がますます熱く感じられる。ついでに、とスポーツを描いた小説を何冊か読みふけった◆「部活小説」と呼んだ方がいいだろうか。定番の野球だけでなく、いろんな競技に触れられて面白かった。箱根駅伝を舞台にした三浦しをんさんの「風が強く吹いている」はチームの人物が魅力的に描かれている。誉田哲也さんの「武士道シックスティーン」は剣道で、けいこや試合の描写が細かい。「メーン」のかけ声も、こう書かれると耳に響いてくるようである。「ンメアァァーツ」◆水泳の飛び込みや女子応援団をテーマにした作品は映画化されて話題を呼んだ。文化部も負けていない。長嶋有さんの「ぼくは落ち着きがない」の主人公は図書部員だ。高校生の文学談議は興味深く、スポーツ小説にないのんびりとした時間の流れがまた、心地よい◆当然のことながら「部活」は集団で繰り広げられる。小説では人に交わり、化学変化のようなものが体の中で、心の中で起きる様子をていねいに追いかける。なるほど、人は一人では生きていけない◆作家の古井由吉さんのエッセーに読書体験を書いた一文がある。「芥川龍之介の『或(あ)る阿呆(あほう)の一生』であったか。」と書き始め、小説の主人公が洋書店でボードレールの詩集を読みふけって漏らした一言に、思わず引き込まれた経験をつづる。「人生は一行のボードレールに如(し)かない」◆書き手のたくらみにはまり、人の生のはかなさを知る。また一冊、また一冊。手が伸びる。

正平調 神戸新聞 2008年8月22日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-08-24 15:29 | 正平調
「戦争っていやね」・・・  正平調 八葉蓮華
「戦争っていやね」・・・  正平調 八葉蓮華
北島康介選手の二冠連覇を伝える五輪中継からチャンネルを変えると、画面に黒柳徹子さんの「徹子の部屋」が映った。ゲストは俳優の小沢昭一さんだった◆小沢さんは十六歳で海軍兵学校に入った。病に伏せる父親が自転車で体を支えながら、駅まで見送りに来てくれた。「踏切のところに立ってて。これが忘れられねえんだな、今でも」。いつもは軽妙なやりとりの黒柳さんと小沢さんが涙声で語り合う。「戦争っていやね」「いやだ。あれだけはいやだよ」◆きょう十五日は終戦の日。あの戦争の記憶は列島各地に刻まれている。戦争や平和をテーマにした博物館・資料館は、世界中で百十あまりを数えるそうだが、半数以上が日本にある。数の多さに、あの悲劇を繰り返してはならないという決意と戦後六十三年の平和の重みを感じる◆神戸の市立中央図書館を訪れると、十七日までの日程で戦災資料が展示されている。児童書のコーナーには「戦争・平和を考える本」の案内とともに、「ガラスのうさぎ」や「火垂(ほた)るの墓」などの著作が並ぶ。各地の図書館で、同じようなコーナーが設けられていることだろう◆神河町の中村区ではきょう、徴兵された住民が戦地から区長に送った百十一通の手紙が初めて公開される。尼崎では先日、九十四歳の今も従軍体験を語り続ける和歌山の本多立太郎さんが講演し、「戦争は別れと死。いいことなど一つもない」と声を上げた◆戦争は人生を狂わせる。語りが、資料がそのことを伝え続けてきた。「戦争っていやね」「あれだけはいやだよ」。涙声が耳に残っている。

正平調 神戸新聞 2008年8月15日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-08-15 20:42 | 正平調
焼跡に生えた名もない草・・・  正平調 八葉蓮華
焼跡に生えた名もない草・・・  正平調 八葉蓮華
小学校の修学旅行といえば、かつては伊勢が定番だったが、今は広島という学校が多い。昨年、兵庫県内では三百二十校が訪れた◆旅の思い出をつづった作文を読むと、原爆ドームよりも黒く焦げた弁当箱や学生服、切り刻まれたようなワンピースなどについて書いたものが多い。子どもたちは、これら日常にある品々に刻まれたつめ跡から、被爆の恐怖や悲劇を感じ取っていた◆きょう、広島は「原爆の日」を迎えた。六十三年前に原爆を体験した子どもたちの作文を集めた「原爆の子」を読み直してみる。一九五一(昭和二十六)年に教育学者の長田新(あらた)さんが学校や施設を回り、被爆の経験を文章につづるよう呼びかけたものだ◆どの作文にも朝の日常風景が描かれる。朝食を食べていたり、まりつきや絵本に夢中になっていたり、登校途中だったり…。だが午前八時十五分を迎えたとたん、自分の外側の世界はもちろん、内面もすっかり変わってしまう。父も母も姉も妹も、さらに友も亡くした少年はただ、こう書く。「焼跡(やけあと)に生えた名もない草のように生きたい」◆今なお全国各地で、被爆の後遺症に苦しむ人たちがいる。ここ数年、原爆症の認定を求める集団訴訟で国の敗訴が続くが、線引きの「線」が少しだけ低くなっただけで、「因果関係を否定できない限り、すべての人を救済すべき」とする訴えの実現には程遠い◆「名もない草のように生きたい」。被爆した人たちは長年、ひっそりと生きることを強いられてきた。もうこれ以上孤立させ、苦しめることは許されない。まだ戦後は終わっていない。

正平調 神戸新聞 2008年8月6日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-08-06 16:11 | 正平調
異常行動を起こすクジラ・・・  正平調 八葉蓮華
異常行動を起こすクジラ・・・  正平調 八葉蓮華
クジラの群れが浜辺に乗り上げ身動き取れずにいる。痛ましい光景だが、自殺行為としか思えないこの「集団座礁」が世界各地で目立ち始めたのは、ほんの半世紀ほど前からという◆原因には諸説がある。餌の深追い、シャチなど外敵からの逃亡、船の音波探知器に反応しての混乱、寄生虫による脳障害などだが、近年、死骸の解剖からゾッとするような新説が打ち出された◆水族の生態に詳しい海洋研究者が解説する。「座礁したクジラから重金属系の化学物質が検出される例が多い。推測だが、体内に蓄積した有害物質が脳神経を犯し、潮の流れや水深、障害物の有無などを認識する能力を狂わせているのではないか」◆クジラは海に流れ出た産業廃棄物の“最終処分場”といった見方がある。廃棄物に含まれる有害物質はプランクトンや小魚などを経て、最終的に一番大きいクジラに行き着くからだ。とすれば、座礁クジラから有害物質が検出されてもおかしくはない◆研究者たちがこの説を深刻に受け止める理由がある。食物連鎖の頂点に立つのが人間だからだ。研究者らが恐れる仮説とは。「人間がこのまま食の安全を怠っていると、クジラと同じく有害物質が体内に蓄積され、突然、異常行動を起こす人間が増えるのではないか」というものだ◆深海魚のリュウグウノツカイが沿岸に漂着すると、地震が近いという説がある。水族たちはふだんとは違う行動を通して、さまざまなメッセージを発してきた。それを人間が、どう受け止めるか。異変のシグナルを感じ取る鋭敏な能力が怪しくなっていないか。

正平調 神戸新聞 2008年7月28日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-07-28 01:01 | 正平調
背番号「11」がこちらを向いた・・・  正平調 八葉蓮華
背番号「11」がこちらを向いた・・・  正平調 八葉蓮華
高く、ぐいっと振りかぶったかと思うと、背番号「11」がこちらを向いた。大きなお尻を突き出して、剛速球を投げこむ。ミットが小気味よい音を立てた◆大阪・藤井寺球場のバックネット裏で、近鉄バファローズの新人、野茂英雄投手を見たのは一九九〇年夏のこと。三振を取るたび、スタンドのどよめきにやじが交じった。「お前、三振か四球やないか」◆あれから十八年。日本を飛び出し、たくさんの球団を渡り歩いた野茂投手だが、猛牛のユニホームが一番似合っていたと思う。「いてまえ打線」が看板の豪快な近鉄野球は大味との批判も浴びたが、勝ちっぷりは実に痛快だった。そのチームに、「三振か四球か」のトルネード投法が溶け合っていた◆一昨日、野茂投手が現役引退を表明した。この春、ニュース番組で見た彼は、ひじのけがのためトルネードではなくセットポジションで投げていた。そして戦力外通告。引退に際して「まだやりたい気持ちが強いが、けじめをつけたい」とのコメントが流れた◆無口、頑固、愚直で泥くさい。およそ現代のヒーロー像からかけ離れた個性だが、むしろファンは、そこに本物のヒーローを見た。大リーグ挑戦も、球団を転々として野球を続ける姿勢も、私財を投じて野球クラブをつくる姿も、自分の気持ちに正直で、そこがかっこいい◆彼の「NOMOベースボールクラブ」の練習拠点は堺市にある。工場に囲まれたグラウンドに夜、球音が響く。藤井寺と堺。大阪南部の濃い空気が生んだヒーローの「野球」は、これからも続くようだ。一緒に夢を楽しみたい。


正平調 神戸新聞 2008年7月19日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-07-19 01:01 | 正平調
公共交通機関と教育の現場で・・・  正平調 八葉蓮華
今年は一月の中国製ギョーザ中毒事件に始まって、とんでもない事件が相次いでいる。七月に入って一週間、またも耳を疑うような事件が立て続けに報じられた◆一つはJR東日本の在来線で相次いだ女性乗務員への暴行事件である。逮捕された男は乗客のまばらな早朝、その中でも、特に乗り降りが少ないグリーン車の近くで犯行に及んだ。公共の交通機関の中で女性が次々と襲われる。何ということだろう◆最近、電車内で「SOS」の赤いシールを張ったボタンをよく見かける。運転手や車掌に異常を伝えるもので、二年前、特急電車内で乗客の女性が襲われた事件を受け、JR各社が設置を進めている。さらに、監視カメラに警備員と、電車の中がどんどん物々しくなっていくのが悲しい◆一八七八年、明治の初めに日本を旅した英国の女性旅行家イザベラ・バードはこう記している。「世界中で日本ほど婦人が危険にも無作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと信じている」。それから百三十年。あれは古き良き日本、などとは思いたくないのだが◆そして、大分県の教員採用汚職事件。県教委ナンバー2の教育審議監まで経験した由布市教育長が逮捕され、その上、昇進をめぐっても、きな臭いやりとりがあった可能性が出てきた。教育現場で盆暮れのあいさつのように金品が動き、人が動く。まるで、たちの悪いブラックジョーク◆公共交通機関と教育の現場で起きた、とんでもない事件。「怒りは愚に始まって、悔いに終わる」ともいうが、ここは相当に腹を立ててかからねば。

正平調 神戸新聞 2008年7月9日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-07-09 01:01 | 正平調
モディリアーニ展  正平調 八葉蓮華
モディリアーニと聞けば、顔は面長、首が極端に長く、目がアーモンド形をした肖像画が思い浮かぶ。イタリア出身で、二十世紀初頭のパリに集まった芸術家集団「エコール・ド・パリ」を代表する画家だ◆酒や恋愛におぼれて早世したことで知られるが、人間の本質を見通す目をもっていた。姫路市立美術館での「モディリアーニ展」(八月三日まで)を見ながら、そんな感慨を覚えた◆生涯に残した絵画約三百点のほとんどが肖像画である。その作品は、シンプルな構図や無駄を省いた描写ゆえに、描かれた人物の内面を浮き彫りにする。重厚感のある画面から、女性の哀歓や子どもの無(む)垢(く)な心が伝わってくるようだ◆伝記映画「モンパルナスの灯」(一九五八年、仏)で、モディリアーニは、貧困や病気に苦しみながらも、誇りを失わない画家として描かれた。作品を商標として使いたいとの富豪からの申し出を断ってしまうシーンが印象深い。以前、歌手の加藤登紀子さんが好きな映画として挙げ「生活を犠牲にしてでも、絵を追究する」価値観に共感していた◆同館学芸員の平瀬礼太さんは言う。「芸術至上主義者だったのだろう。純粋な精神が生んだ造形は時代を超え人の心を打つ。モデルと向き合いながらも、本人に似せるのではなく、その奥にある本質的な美や理想像を描こうとした」と◆代表作の一つ「青い瞳(ジャンヌ・エビュテルヌ夫人の肖像)」と向き合った。モディリアーニは妻ジャンヌをモデルに二十点以上を残した。ブルー一色の目に、こちらの心の奥まで見透かされてしまいそうだ。

正平調 神戸新聞 2008年6月30日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-06-30 01:01 | 正平調
祖先はナメクジウオ  正平調 八葉蓮華
ナメクジウオかホヤか。歴史的な論争がついに決着した。脊椎(せきつい)動物の祖先をめぐる論争だ。先日、日米英などの国際研究チームがナメクジウオに軍配を上げた◆つまり、ヒトの祖先はナメクジウオだった。体長五センチほどの小さな生物。図鑑で探してみたら白くてひょろっとした写真があった。ふと周囲を見渡す。同僚の色白の顔を見ていると、まんざら似ていないこともない気がする◆こちらもさかのぼれば、ナメクジウオになる。兵庫で国内最古級の哺乳類(ほにゅうるい)の化石が見つかった。二年前、「丹波竜」の化石が出てきたのと同じ篠山市内の地層に眠っていた。二十九日まで、三田市の県立人と自然の博物館で化石が公開されている◆備え付けの拡大鏡で、のぞいてみた。長さ約二・五センチと、文字通り小さな大発見である。よくこんな小さな化石が見つかるものだと感心したが、発見者の足立洌(きよし)さんのコメントを読んで、納得した。「私は恐竜よりも、その足元で暮らしていた小さな動物にひかれる」◆丹波竜の発見者の一人でもある足立さんは昨年、本紙に寄稿している。それを読むと、丹波竜に出合った日もやはり、小さな化石を探していたという。そして生物の進化に触れ「三十八億年前に始まった命のリレーが、一度も途切れなかったからこそ私たち一人一人が今、ここに生きている」とつづり、多くの動植物を絶滅させながら生きる人間の傲慢(ごうまん)さを論じている◆「生きた化石」と呼ばれる動植物の一つにイチョウがある。並木の葉が風雨に揺れる。ザワザワ。葉音が人のおごりを戒めているように聞こえる。


正平調 神戸新聞 2008年6月21日

八葉蓮華、Hachiyorenge
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by hachiyorenge | 2008-06-21 01:01 | 正平調